ある実業団の女子ソフトボール部のことです。 全日本の二部リーグで優勝でき、翌年春からは一部リーグに昇格することになりました。 しかし、一部リーグには強豪チームがひしめいています。これまでの多くのケースでは、二部でよい成績をあげて昇格できても強敵ぞろいの一部チームの厚い壁にはばまれ、女子ソフトボールの世界では、また二部に転落してしまうのが常でした。 心配した監督が「どうしたら勝てるでしょうか?」と尋ねてきました。私はそこで各選手のフィジカル(体力)データは集められるか、自分のチームと相手の全選手のが欲しいと言いました。その年はアテネオリンピックを控えていて、優勝候補であるジャパンの主力がそろう一部リーグは、データの管理にどこもピリピリしていて、他チームのものはそろえられませんでした。 仕方ないので自分のチームの選手についてだけで、走力、筋力、肺活量など体力データと過去のソフトボール試合での個人成績を科学的に分析しました。手法は成績を証明する回帰式と数量化式を使いました。成績に結びつくだろうと原因群となる体力や筋力などは因子分析などをもちい、いろいろな角度からソフトボールのゲームそのものを構造化していきました。 その結果、その実業団チームの女子選手たちに、統計学がだしてきた「自分のあるべき成績」をお見せしました。「キミはこのくらい打てる。もっと伸びる」「あなたは相手打者をキリキリ舞いさせる三振をもっと奪える」「盗塁が増える」などと説明しました。 それには背筋力をこのレベルまで高めて欲しい。あなたは懸垂力を、キミは走力を・・・。 そうこうするうちに一部リーグが開幕しました。大方の予想を裏切る成績を次々とあげて、その実業団ソフトボールのチームは一部に残留できました。優勝はさすがにムリでしたが、これまでのジンクス「二部から昇格しても翌年また落ちる」が打ち消されました。自信をつけた今年は、さらに立派な成績をあげて戦っています。 フィジカルを高めるための努力はツライものです。しかし、自分の「ためになる」という目標が見えたとき、彼女たちはみずから進んで自己強化に励みだしました。ツライ苦痛でなく、楽しい目標に転じることができると、人は喜んで努力をするものなのだなあ、と私も内心とても驚きました。 合理的な方法で、選手一人一人にふさわしい目標をもたせる。意味もない苦痛を同時に、みんなで受けるのでなく、自分に最適な訓練法を示したのです。ある選手は、背筋力はすでにトップクラスの人もいれば、逆に走力がもっと欲しい場合もある。そうした個々人の特性にあわせた訓練法の開発が、選手に「達成可能な目標」を見せたのです。 ソフトボールは、ご存知のように集団でおこなうスポーツです。全員が一緒に息を合わせて鍛えていく能力開発が何よりも必要なのは当然です。それをマスターしつつ、なおも足りない、またはもっと伸ばしたい才能は個々人にふさわしい方法がある、ということを説明した一つの事例でした。 蛇足ですが、野球やラグビーやサッカーなども、こうした統計学のうちとりわけ多変量解析をうまく用いると、合理的な勝利の方程式がわかるのですが、まだどこも遊び感覚でゲーム分析とほざくだけで活用できず、「もったいないなあ」と思っています。データスタジアムとかは単なるゲーム屋ですし、プロ野球の分析チームとかもレベルが低すぎます。 そして、このスタイルは企業人事部にも通用する考え方です。世間はいま、コンピテンシー人事がどうのと言いますが、社員一人ずつの適性と才能を正しく評価する方程式を作れない限り、それは根性論でしかなく、昇格してもまた落ちる、旧式組織のままなのです。多変量解析を駆使して社員の能力評価ができない人事部は、ちょっと心配です。
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